「赤毛のレドメイン家」(フィルポッツ)

江戸川乱歩が絶賛、探偵小説の古典的傑作

「赤毛のレドメイン家」
(フィルポッツ/武藤崇恵訳)
 創元推理文庫

「赤毛のレドメイン家」創元推理文庫

休暇中の敏腕刑事ブレンドンは、
助力を乞う手紙を受け取る。
相手は数日前に偶然すれ違った
「絶世の美女」だった。
相談は、彼女の夫が伯父に
殺害されたらしいというのだ。
現場とおぼしき場所には、
なぜか死体は
見つからなかった…。

江戸川乱歩が絶賛したことで、
日本において海外本格探偵小説の
古典的傑作という地位を確立している
イーデン・フィルポッツ
「赤毛のレドメイン家」。
新訳版である本書が出版された
2019年から気にしていたのですが、
ようやく読むことができました。

〔主要登場人物〕
マーク・ブレンドン

…スコットランド・ヤードの刑事。
 休暇中に事件に遭遇、捜査にあたる。
ジェニー・ペンディーン
…ブレンドンが心を奪われた
 絶世の美女。赤髪の女性。
 最愛の夫を叔父に殺害される。
ジョン・レドメイン
…ジェニーの祖父。
 財産を築き上げる。故人。
ヘンリー・レドメイン
…ジェニーの父親。ジョンの長男。
 故人。
ロバート・レドメイン
…ジェニーの叔父。元大尉。
 ジョンの四男。
アルバート・レドメイン
 …ジェニーの叔父。書籍蒐集家。
 ジョンの次男。
ベンディゴー・レドメイン
…ジェニーの叔父。貨物船の元船長。
 ジョンの三男。
マイケル・ペンディーン
…ジェニーの夫。元貿易商。
 現場の状況から殺害されたと
 判断されるが、死体は発見されず。
フローラ・リード
…ロバートの戦友の妹。
 ロバートの婚約者。
ジュセッペ・ドリア
…ペンディゴーのモーターボートの
 運転手。イタリアの旧家の出身。
 美男子。
ヴィルジーリオ・ポッジ
…アルバートの親友。愛書家。
ピーター・ギャンズ
…アルバートの親友。
 引退したニューヨーク市警元刑事。
アッスンタ・マルツェッリ
…アルバートの家政婦。
エルネスト
…アルバートの下僕。
ハリソン
…スコットランド・ヤード警部補。
 ブレンドンの上司。
リース
…ペイン頓警察署警部補。
ハーフヤード
…プリンスタウン警察署署長。
ダマレル
…ダートマス警察署署長。

英国・ダートムアと
イタリア・コモ湖畔という
ローカルな舞台で
代々赤毛が続くレドメイン家の
関係者を標的におこる連続殺人事件。
とくると、
日本の横溝正史のような風合いがあり、
わくわくしながら
楽しく読むことができました。
味わいどころは豊富であり、
迷ったのですが、
人物に焦点をあててみたいと思います。

本作品の味わいどころ①
惑う刑事・マーク・ブレンドン

本作品の探偵役は
スコットランド・ヤードの敏腕刑事。
英国警察の頂点である
スコットランド・ヤードで、
数々の功績を挙げた刑事。
仕事一筋に打ち込み、妻
をめとる間もなく
信頼を築き上げてきた刑事。
まさに主役にふさわしい肩書きです。
日本における金田一耕助など
目ではありません。
匹敵するのはスーパースター探偵・
神津恭介でしょうか。

しかしこのブレンドン、中盤までの間、
まったく活躍できません。
第一の事件マイケル殺しの犯人を
挙げられなかったのはまだしも、
第二の事件は、
犯人を目撃したにもかかわらず、
防ぐことができなかったばかりか、
犯人を捕らえることもまたできず、
失意のどん底に突き落とされます。

確かに難しい事件です。
第一の事件も第二の事件も、
被害者の死体すら
見つからないのですから。
それぞれにおいて犯行が行われ、
人間一人が死んだことは確か、
でもそれ以上がわからないのです。
ブレンドンと同じように、
読み手も惑わさせられます。

謎を解けないブレンドン。
でもここからが
名探偵の腕の見せどころ。
金田一も明智も、
同じようなことが何度もありました。
失敗を重ねる、
いかにも人間らしいブレンドン。
まずは惑うブレンドンの人間的魅力、
人間くささ、若気の至りを
十分に味わいましょう。
失敗を乗り越えて勝利するのが名探偵。
後半戦の活躍が大いに期待できます。

本作品の味わいどころ②
真打ち登場・ピーター・ギャンズ

と思いきや、
ブレンドンに助太刀する形で
ニューヨーク市警の元刑事
ビーター・ギャンズの登場となり、
読み手はさらに困惑させられます。
確かにギャンズは冷静であり、
感情に流されることなく
事実だけを丹念に注視します。
このへんは日本の金田一に
近いものがあります。
このいかにも名探偵然とした
ギャンズの老獪さをしっかり
味わっていただきたいと思います。

ギャンズが加わってからの後半戦、
着実に自体は進展を見せます。
ここにいたって気づきました。
ブレンドンの存在は
読み手のミス・リードを誘うための
作者の仕掛けだったということに。
恋にうつつを抜かした
ブレンドン視点から
事件が語られるため、
読み手もまた同じように
犯人の(作者の)仕掛けた罠に
翻弄されてしまっていたのです。

本作品の味わいどころ➂
「犯人」

で、三つめの味わいどころとなる人物は
ずばり「犯人」です。
古今東西のミステリの中でも際だった
「犯人」です。
読み進めている間は読み手にまったく
「存在感」を感じさせず、
読み終えたあとには
ずっしりとした「存在感」を残す、
希代の「犯人」です。
登場人物が限定的であるため、
徐々に見えてはくるものの、
「犯人」の正確な「形」は
読み終えるまでは確定しません。
この「犯人」こそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
その深い味わいを
存分に噛み締めましょう。

もちろん、現代的な視点で眺めると、
作品としては
いくつかの瑕疵が見当たります。
現代では考えられないような単独捜査が
当時は当たり前だったのか、
それとも作者の設定の甘さか
わかりませんが、
多くはそこに起因します。
しかし、そんな尺度で評価を下すことに
意味はありません。
愉しめればいいのです。
作品を純粋に
愉しむことが大切なのです。

なんでもフィルポッツは、
本国イギリスでは
現在まったく顧みられることのない
ミステリ作家であり、本作品もまた
忘れ去られているようです。
本作品の面白さにいち早く気づき、
傑作の評価を下した
江戸川乱歩の慧眼に驚くばかりです。
まだ読んでいないあなた、
ぜひ読んで確かめてください。

(2024.1.18)

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